旅するラコブログ

バックパック旅行記や、辛いもの、ビールのこと、書き留めておかなきゃ忘れそうな些細な思いを綴ってゆきます。

ラコ論 *方向音痴すぎて思ったこと*

ラコ論です。壊滅的方向音痴から生まれた人生観が・・・深い!深すぎる!

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↑はい、イイ話しますよ〜!

 

 

*方向音痴すぎて思ったこと*

 旅先だろうがなんだろうが、とにかく道に迷う。初めての目的地に間違えずに辿り着いたことなんて、数えるほどしかないように思う。地図を片手にはおろか、地図アプリを起動しながらでも迷子になるのだからどうしようもない。自分で自分が心配だ。
 一番苦手なのは、初めて行くところに人を案内するというシチュエーション。例えば、自分が調べてきたお店に、地図を見ながら誰かと一緒に向かうような場合だ。自分が見つけてきたお店なので、当然その店舗情報はこちらが握っており、私が案内するような形となる。で、当然道を間違え、同行人に無駄足を済ませてしまい、申し訳ないやら恥ずかしいやら、恐縮メンタルは到着してからも暫く払拭できないのが常である。
 その点、旅となると大概は単独行動の私。1人でいる限り、道を間違えても迷惑をかける人はいない。それが理由で一人旅をしているわけではないが、始めてみて気づいた「ひとり」であることの大きなメリットの一つである。同行者に恐縮することもないし、また、常軌を逸した間違え方をする自分にも慣れているので、間違いに対しても寛容になった。「ああ、またか。」そんな程度だ。
 むしろ旅先のひとり迷子は迷惑をかけるどころか、ストレートに到着していては出会えなかった景色に感動したり意外なお店を発見したりと、もはや間違いも楽しみの一部という境地に達している。ひとりで道に迷ってネガティブになるような繊細さは、旅の早い段階で無くしてしまった。数キロに渡って90度間違った方向に歩いてしまっても、「この建物に気づかなければコッチじゃないと気付けなかったんだから、ここまで来れてラッキー!」という具合だ。
 
 と、ふと思った。人生もこんなスタンスで過ごすというのもいいんじゃないかなと。
 正しい目的地に正確にたどり着くことを目標にして、思うようにいかなかったり間違えたりすることに落胆したり怯えたり、しなくてもいいんじゃない?と。この私が、この驚異的方向音痴の私が、道を間違えないわけがない。交差点に立ち尽くしてどの方角が正解かをいくら吟味しても、どっちみち間違えるのだ。どっちかに歩いてみれば、間違いに気付く手がかりがあるかもしれないじゃん。という、ラコ旅スタイル。
 根っからのチキンハートなのですぐさま人生に応用できそうにはないけれど、そんなアイデアも持ってみようかなと思った旅の後なのであった。